2015年07月21日

【人物】「女性運動の大母」キム·マリア

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金マリア(瑪利亞)は、2007年に女性団体が韓国の10万ウォン札紙幣の女性人物候補として推薦した6人の一人である。

1892年、マリアはライオンの胎夢のあとに黄海道光山金氏家に生まれた。早くに親を亡くしたマリアはソウルの貞信女学校で修学した。日本留学中には「東京女子留学生懇親会」を組織し、1919年の2·8独立宣言運動を緻密に準備した。独立運動を国内に拡大させるために独立宣言文を着物の帯に隠して2月中旬に帰国、全国各地を廻りながら3·1運動を触発させたが、逮捕された。

裁判官:あなたは朝鮮の独立をいつから考えたのか?
金マリア:一時も独立を考えなかったことはなかった。
裁判官:なんで男たちと一緒に運動をしたのか?
金マリア:この世の全ては男女が協力してこそ成功する。夫婦が協力してこそ幸せな家庭を築き、男女が協力してこそ立派な国を建てることができる。
裁判官:朝鮮の独立を求める他の理由は?
金マリア:世界の幸せのためである。朝鮮と日本の両国が争っている限り、東洋の平和はあり得ず、世界の平和の為にも朝鮮は独立しなければならない。

6ヶ月間の拷問の末、ほぼ廃人になってしまったマリアは出監後、9月19日に「大韓民国愛国婦人会」を結成した。「古くから国を自分の家のように愛しなさいと言われているように、家族として自分の家を愛さなければ、完全な家庭になれず、国民として自分の国を愛さなければ、その国を保存することが難しいのはどんな愚夫愚婦でも明らかにわかるだろう。」(趣旨文中)

上海に亡命中だった1922年に大韓民国臨時政府の臨時議政院で金九と一緒に黄海道代議員(国会議員)に選出された。独立のために必要な実力を養うべく、大きな抱負を抱いて米国に再亡命、安昌浩先生の妻イ·​へリョン氏に支えられ、10余年間パーク大学、シカゴ大学、ニューヨーク神学院などで修学し、「槿花會」を結成した。彼女は「独立が成就されるまで、私たちの足で立たなければならず、私たち自らの闘志で戦わなければならない」と力説した。

1944年3月、処女金マリアが亡くなると安昌浩先生は「金マリアのような女性同志が十人いたならば大韓民国は独立出来ただろう」と語り、当時の宣教師たちは、金マリアこそ韓国のジャンヌダルクであり、この世代の韓国女性の中で最も偉大な指導者だと絶賛した。1962年、建国功労勲章独立章が追叙された。500_1068131289-9-horz.jpg私は大韓の独立と結婚した(左)、「独立が成就されるまで、私たちの足で立たなければならず、私たち自らの闘志で戦わなければならない」(右)

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