2020年09月06日

時代精神(天命)に逆らえば不世出の英雄も秋風落葉の運命に

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「ある時代の使命者がその使命期間が終わった後、次の時代の妨げになる場合、その人はサタン側になる。」


「30年世代論(時代精神論)」からみると、1919年から1949年までは「独立運動」、1949年から1979年までは「産業化」、1979年から2009年までは「民主化」、2009年から2039年までは「南北統一」が時代精神である。

朴正煕大統領は、産業化(体)時代の使命を見事に果たしたが、1979年から開幕した民主化(心)時代の妨げになったため、新しい時代から捨てられる運命にあったのである。夏に繁茂していた葉が秋にバラバラ落ちるように、自ら退く時を知らず、「私でなければならない」という我執が強く、裁かれたのである。

ㅡ平和経 p.1179ㅡ

セマウル運動(新しい街づくり)は、「私たちも一度豊かな暮らしをしてみよう!」だけで終わっはならない。セマウル運動が体を豊かにする運動であるとするならば、セマウム運動(新しい心づくり)は魂を豊かにする運動である。

私たちが目指すべき最終的な運動は、「セサラン運動(新しい愛づくり)」である。セサラン運動は、神様を父として愛し、隣人を自分のように愛する運動である。新しい愛の極致は犠牲である。神様と世界と国と同胞のために犠牲になる運動として昇華されなければなりません。これこそがキリストの究極的な教えでした。

しかし、キリスト教の歴史はセサラン運動に常に失敗しました。自分だけのための運動は必ず滅んでしまいます。自分を殺し、他人を生かす運動のみが永遠に残ります。イスラエル選民たちにはまさにこのような悟りがなかった故に、イエス・キリストを十字架につけてしまったのです。クリスチャンの全盛期を享受したローマが、自己中心の自己主義に暴れたとき、その帝国も内部から崩壊してしまいました。

posted by cigtimes at 16:09| Comment(0) | 칼럼 コラム | 更新情報をチェックする
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