2021年02月07日

【経営セミナー】2人者リーダーシップ「神も原理·真の愛の前に絶対服従!」

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天一国=二人が一つになった国
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天才は二人

今日、多くの経営学者は「一人の天才が世界を変えるという話は神話に過ぎない」と指摘する。そして、世界を変えるような出来事は「予期せぬアイデアの繋がり」を通じて起こるものであり、革新は一人だけの努力ではなく「複数の人の協力」によって成されると強調する。 「紙一枚も一緒に持てば軽い」(力を合わせればたやすい)とあるように、魔法のような創造性は孤独な天才の単独プレイから出てくるものではなく、二人が出会いインスピレーションを授け受けしながら善意の競争をする相互作用の中で発揮される。

発明王エジソンは、小部屋で一人で研究したのではなく、優れた協業者であり社交家であったし、アインシュタインも国際的ネットワークを活用して「E=mc2」という偉大な公式を発見することができたのである。革新の天才と呼ばれたスティーブ・ジョブズには共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックがいて、ビル・ゲイツの成功の陰にはスティーブバルマーという戦略家がいた。また、ゴルフの皇帝タイガー・ウッズには何時も影のように付き添う戦略家であり、心理学者であるスティーブ・ウィリアムズというキャディーがいた。

「勇気と度量」を備えた偉大な第2人者

彼らは堂々と第1人者として注目を浴びる能力と機会があったにも関わらず、一歩下がって黙々と献身の道を歩む偉大な2人者となった。偉大な2人者になるためには、他人に功績を譲ることができる「勇気と度量」を備えなければならない。世界的に有名な交響楽団の指揮者であるレナード・バーンスタインに、ある人がこう尋ねた。 「先生、多くの楽器の中で最も指揮するのに難しい楽器は何ですか?」バーンスタインは「第2バイオリンです」と答えた。

第1バイオリンを見事に演奏する人は多い。舞台で最も華やかに輝く立場なので、誰もがその場に立ちたがり、それなりの多くの努力と情熱を注ぐ。しかし、それほどの情熱を注いで第2バイオリンを演奏しようとする人はごく少ない。なぜなら優れたベテラン第2演奏者は、自分と同等の実力である第1演奏者を支えるための「勇気と度量」を備えた人格者でなければならないからだ。時には、優れた第2演奏者があまり実力のない第1演奏者の演奏を一段と引き立てる場合もある。もし第2演奏者になってくれる人が誰もいなければオーケストラの演奏は絶対に成功することができないということなのである。

今日、中国で最も尊敬されている周恩来(しゅうおんらい)元総理は、毛沢東(もうたくとう)主席に農民の心を動かすリーダーシップがあることを知り、彼に1人者の座を譲った。毛沢東のカリスマとは異なり、彼は調整と統合のリーダーシップを持って米・中デタントを導き出し、中国は一気に世界の中心に君臨することができたのである。6・25韓国戦争への参戦に反対し、仁川上陸作戦を正確に予測した彼は、1975年に金日成の再南侵提案を受け入れなかった。今も、名宰相の代名詞である諸葛亮(しょかつりょう、中國三國時代の軍略家)に次ぐ人物として崇められており、今日中国に周恩来のような2人者がいないということがまさに世界の不幸と言えよう。

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王位継承権を譲ったジョナサン「天命に従った2人者」

偉大な2人者とは、自分の最大の功績が他人に回されることを見守る強い自我を持った人でもある。サウル王の王権を受け継ぐ嫡統王子であったジョナサンは、みすぼらしい羊飼いに過ぎなかったダビデに王の座を譲った。世間の王子たちは、政権争奪のために兄弟を殺すような王子の乱を起こしたりしたが、ジョナサンはダビデを嫉妬せず、むしろ自分の命をかけてまで父からダビデを守った。さらに、自分の軍服と剣と弓と帯をダビデに与え王位継承権を譲ったのである。

それでは、なぜジョナサンはそうしたのだろうか?なぜ目の前の王権を手放してダビデに渡したのだろうか?それは、彼が神に使えた偉大な2人者であったからだ。 「神がダビデを王に選んだ」という事実を知りながらも、天の意向に不服し、むしろ彼を殺そうとした父サウル王とは異なり、ジョナサンは「神が誰を王に選んだか」を正確に知り、天命に従うことのできる偉大な2人者であったからこそ可能だったのである。

神様も「原理と真の愛の前に絶対服従」

原理講論によれば、神は自ら立てられた「原理(法)の前に絶対服従」する2人者であることを知ることができる。したがって、もし神自らが絶対的な原理を無視した場合、サタンからの讒訴(弾劾)を免れることができなくなる。 (参照:原理講論「神様が人間始祖の堕落行為を干渉しなかった理由」)また、御言を通して神様は「真の愛の前に絶対服従」する2人者であることを知ることができる。

「それでは、宇宙の起源について、最初から真の愛があったのか、又は絶対的な神が最初にいたのか?(先に)真の愛の運動がどこからか始まったのです。(絶対愛の前に)絶対的な神もサタンも絶対服従するので、神様が喜んで投入し、また投入し、神の人格は益々大きくなるしかないというのです。」(み言選集213巻)

このように、神は「第1人者である真の愛」のために投入し、また投入することにより「神格的な存在として成長した人格者」であることを知ることができる。同様に、人類の歴史を変えた奇跡的な成功物語は、自分よりももっと大きなものために生きる真の愛を実践する中で誕生したのである。共産主義を標榜したとしても、周恩来の献身と奉仕の精神があったからこそ天もが動き、神の祝福を受けたアメリカと同じく世界をリードする経済大国として浮上したに違いない。今日、「自分が一番」と思っていた毛沢東は非難を浴びている反面、周恩来は神の一人として祠堂に祀られている理由がまさにここにあるのだろう。

posted by cigtimes at 20:48| Comment(0) | 섭리스페셜 摂理スペシャル | 更新情報をチェックする
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